暗号資産の売却益や外貨預金の為替差益は譲渡所得とすべきと思う
個人の所得は10種類に区分して、課税されます*1。暗号資産の売却益や外貨預金の為替差益は雑所得にあたるというのが国税庁の見解です。しかし、その論拠には疑問を感じる点があり、譲渡所得とすべきと私は考えます。(そう確定申告することを奨めているわけではありません。)
目次
外貨や暗号資産は値上がり益が生じない(国税庁)
副業に関する所得税について、2022年にルールが整備されました。*2
このルールに関する国税庁の文書(雑所得の範囲の取扱いに関する所得税基本通達の解説)を読むと興味深い一文がありました。
譲渡所得の基因とならない資産について、具体的には、「金銭債権」、「外国通貨」、「暗号資産」などの「資産の値上がり益が生じないと認められる資産」が該当することとなります。
要は、外貨や暗号資産(仮想通貨)は値上がり益が生じないと言っています。
最初、期待リターンは0と言っているのかと思いました。
しかし、調べたところ、10ドル紙幣がいつのまにか11ドルや9ドルになったりしない、という意味合いのようです。
外貨や暗号資産は値上がり益が生じない論拠
この国税庁の考え方は以下の論文(柿原、2021)が背景にあると思われます。この論文は執筆者の個人的見解であり、国税庁の公式見解ではありません。
長くなりますが、以下引用します。(太字、下線は私がつけたものです。)
暗号資産に関する取引により生ずる損益や外貨建預金の解約等により生ずる為替差損益のように、利子的要素を持つ、あるいはキャピタルゲイン的要素を持たない金融資産所得については、譲渡所得には該当せず、「雑所得を生ずべき業務以外」の雑所得に該当するものと考えられる
暗号資産は、資金決済法上、対価の弁済のための不特定の者に対して使用することができる財産的価値と規定されており、消費税法上も支払手段に類するものとして位置付けられていることから、外国通貨と同様に、その売却又は使用により生ずる利益は、資産の値上がりによる譲渡益とは性質を異にするものと考えられているため、雑所得に該当するものとして取り扱われているものと考えられる(75)。
そして、暗号資産については、外国通貨と同様に本邦通貨との相対的な関係の中で換算上のレートが変動することはあっても、それ自体が価値の尺度とされており、資産の価値の増加益を観念することは困難であるとされている。(76) これは、為替差損益(77)は、外国通貨を本邦通貨などの他の通貨と交換する際の交換レートの変動により生ずるものであって、外国通貨自体の価値が変動したものとは考えられず、資産の値上がりによる増加益とは性質を異にするものと同様に考えられているからといえる。
(74) 暗号資産取引の所得区分については、譲渡所得該当性などの議論もあるところである。泉絢也「なぜ暗号資産(仮想通貨、暗号通貨)の譲渡による所得は譲渡所得に該当しないのか?-国会における議論を手掛かりとして-」千葉商大論叢第57巻第1号109-133頁(2019)、酒井克彦「仮想通貨と所得税」税理61巻11号14-24頁(2018)、酒井克彦「仮想通貨取引に係る課税上の課題と改正提案」税理61巻11号47-54頁(2018)参照。
(75) 金子・前掲注(5)(引用者注:金子宏『租税法〔第 23 版〕』(弘文堂、2019 年)のこと)261頁では、所得税法33条の資産とは、「譲渡性のある財産権をすべて含む観念で、動産・不動産はもとより、借地権、無体財産権、許認可によって得た権利や地位、ビットコイン等の仮想通貨などが広くそれに含まれる。」と述べられる。
(76) 金銭は、それ自体が他のものや利益の価値をはかる価値尺度であり、値上がりや値下がりを考えることができないため、キャピタルゲインを生まず、譲渡所得の基因となる資産に該当しないとの考え方がある。参考として、佐藤英明『スタンダード所得税法〔第2版補正2版〕』87-88頁(弘文堂、2020)、柳澤賢仁=酒井克彦「特別対談 仮想通貨の実務最前線~国税庁FAQを踏まえて~」税理 62 巻1号167頁(2019)。
(77) 為替相場の変動による損益は、雑所得と解されている(佐藤・前掲注(71)(引用者注:正しくは注76) 87-88頁)、国税不服審判所平成28年6月2日裁決(裁決事例集103号89頁)参照。
疑問点
個人投資家目線で、ツッコミを入れていきたいと思います。
暗号資産の取引損益や外貨預金の為替差損益は「利子的要素を持つ」と書かれています。
私は利子的要素を持たないと思います。
利子的要素を持つなら、利子所得に区分すべきです。しかし、利子所得に区分すべきという議論は論文に見当たりません。
また、外貨預金には利子がつきます(利子所得として課税もされます)が、為替差損益が利子と同等と考えるのは無理があります。利子は資産が増えることはあっても減ることはありません。*3 為替差損益は資産が増えることも減ることもあります。加えて、利子は定期的に入金されますが、為替差損益は自分で売却の注文を出すまで損益が確定しない、不定期なものです。
為替差損益は、外国通貨自体の価値が変動したわけではないから、資産の値上がりによる増加益とは性質が違うと書かれています。
外国通貨自体の価値が変動しないとは、10ドル紙幣が勝手に11ドルや9ドルにならないということだと私は解釈しています。*4
外国通貨自体の価値を気にするのであれば、そもそも円と外貨のレートの変動を所得として認識する必要があるとは思えません。
もし100円払って1ドルを得て、後日1ドル払って110円を得て、実質的に10円の利益を得たとしても、外国通貨は「資産の値上がり益が生じないと認められる資産」なのだから、この10円は無視できる(課税対象ではない)という解釈すら導けてしまうように思えます。
しかし、所得税法等に非課税所得と位置付けられているわけではないので、非課税所得にはあたらないと考えられます。*5
外国通貨自体の価値が変動しないことを理由に雑所得とするのは、根拠としては薄いと考えます。
譲渡所得になるには物自体の価値の上昇が必要という国税庁の見解は、金地金の取引が譲渡所得であることとも矛盾が生じます。
金地金は金としての価値が変動するわけではない(100gの金の延べ棒が101gや99gになるわけではない*6)ですが、金と円とのレートは日々変わっています。このレートの変動による損益は非課税所得でも雑所得でもなく譲渡所得と扱われています。
加えて、金地金の取引は譲渡所得である一方、外貨預金の為替差損益が雑所得なのも矛盾しているように感じます。
金は通貨のように扱われてきた歴史があり*7、金と外貨には通じるところがあります。
そうすると、金地金、外貨預金、暗号資産は雑所得ではなく譲渡所得とみなすのが良いと私は考えています。
さらに、暗号資産の売却益が譲渡所得にあたるという学説があります。(注74、75)
譲渡所得は最大50万円の特別控除があるため、50万円までは実質的に課税されません。*8 雑所得だと特別控除がなく、1円から課税対象となります。
まとめ
外貨や暗号資産は値上がり益が生じないというのが国税庁の見解です。その背景となった論文によると、外貨や暗号資産はそれ自体が価値の尺度であり、円とのレートが変動したとしても、外貨や暗号資産の価値が変わったわけではないと説きます。(その結果、暗号資産の売却益や外貨預金の為替差損益は譲渡所得ではなく雑所得であるという結論が導かれます。)
しかし、外貨や暗号資産自体の価値に注目するのであれば、暗号資産や外貨預金の対円での価格変動を所得として認識する必要がないと思います。
もし所得として認識する必要があったとしても、金地金の売却益は譲渡所得とされていることから、暗号資産の売却益や外貨預金の為替差損益は雑所得ではなく譲渡所得とするのが適当だと思います。
最後に、読者の皆様に注意いただきたいのは、以上の記述は暗号資産の売却益や外貨預金の為替差損益を非課税所得とみなして確定申告をしないことや譲渡所得として確定申告をすることを皆様に奨めているわけではないということです。
現状、これらは雑所得であるというのが国税庁の見解ですから、非課税所得や譲渡所得として扱うと国税当局と揉める(加算税が課されたり、裁判で争ったりする)ことになります。
国税庁の見解は以下のリンクからご覧になれます。(この資料に法的拘束力はありません。)
また、私は税理士ではありません。
参考資料
柿原勝一(2021)「所得税法における『業務』の範囲について」税務大学校論叢第102号
国税庁(2022)「雑所得の範囲の取扱いに関する所得税基本通達の解説」
変更履歴
2023年3月4日 暗号資産の売却益や外貨預金の為替差益を非課税所得とすべきという意見を削除。所得税法第9条(非課税所得)等の規定と整合しないため。
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