なぜアメリカの家計は投資に積極的なのか
「貯蓄から投資へ」というスローガンを見聞きするとき、よくこの図が引き合いに出されます。
この図によると、家計の金融資産構成に占める債務証券(債券)、投資信託及び株式等の割合は、アメリカが55%、日本が16%です。
これをもって、アメリカは投資に積極的、日本は消極的と言われます。
上の図を世帯別の資産の多寡で分類して見たところ、アメリカの家計において株式等の有価証券の割合が大きい理由の一つは、アメリカには大富豪がぞろぞろいるためだとわかりました。
目次
方法
上の図は日本銀行の「資金循環統計」(2022年3月末現在)から引用しました。アメリカのデータの原典はFRBの"Financial Accounts of the United States" (Z.1)です。
FRBは、このデータをさらに純資産の多い世帯と少ない世帯に分割したデータを公開しています。"Distributional Financial Accounts" (DFA)といいます。
日本の場合、総務省の「全国家計構造調査」にDFAに似たデータがあります。
DFAと全国家計構造調査をもとに、世帯を純資産の多い順に4つに区分して、各区分の金融資産構成を作図してみます。上位1%(大富豪)、1~10%(富豪)、10~50%(小金持ち)、下位50%(庶民)に分類します。*1
結果
DFAをもとに作図した、アメリカの家計の金融資産構成はこちら。(2019年9月末現在)
全国家計構造調査をもとに作図した、日本の家計の金融資産構成はこちら。(2019年10月末現在)*2
グラフから読み取れることをつらつらと書いてみます。
<現金・預金>
アメリカの世帯全体の金融資産に占める現金・預金の割合は12%であり、日本よりかなり小さい。(日本は64%)
アメリカの純資産が少ない世帯は多い世帯に比べて現金・預金の比率がやや上がるが、それでも19%にすぎない。
日本はどの区分でも現金・預金の比率が高い。(49~68%)
<投資信託・株式等>
アメリカの世帯全体の金融資産に占める投資信託・株式等の比率は47%であり、日本よりかなり大きい。(日本は13%)
世帯を純資産の多い順に並べて、上位1%にあたる世帯では、投資信託・株式等の比率が75%に達し、世帯全体の比率を押し上げている。
純資産が下位50%の世帯における投資信託・株式等の比率は19%。
日米ともに、純資産の多い世帯ほど投資信託・株式等の比率が高くなる。
<保険>
アメリカの世帯全体の金融資産に占める保険の割合は2%と低い。(日本は20%)
純資産が少ない世帯ほど保険の比率が上がる傾向がみられる。(特に日本)
それでもアメリカは純資産下位50%世帯でも7%にすぎない。(日本は27%)
<年金>
アメリカの世帯全体の金融資産に占める年金の比率は32%であり、日本よりかなり大きい。(日本は4%。日本の統計では年金が投資信託などの各項目の内数となっている。)
アメリカの下位50%の金融資産の4割が年金。
<純資産>
アメリカの世帯の純資産の中央値(50%)が1,800万円であり、日本よりかなり高い。(日本は900万円)
純資産が1.4億円を超える世帯はアメリカには10%超あるが、日本には1%しかない。
まとめると、アメリカには大富豪が日本より多く、大富豪が多額の株式を持っていることから、アメリカ全体でみると投資信託や株式の比率が多く見えます。
フォーブス世界長者番付にアメリカ人が多数ランクインしていることからもアメリカには大富豪が多いとわかります。
フォーブス世界長者番付・億万長者ランキング(2022年版)
また、アメリカは年金の比率が日本より大きくなっています。確定拠出年金が1980年代以降に普及したのに対し、日本は2001年と後発だった影響が大きいのではないかと思います。
日本でアメリカより保険が多い理由はよくわかりません。生保レディ(生保ジェントルマン)はアメリカにいるのでしょうか。
以前、日本の富裕層は投資よりも節税に関心があるというネット記事を読みました。(検索しましたが見つからず。)日本の純資産上位1%世帯でも現金・預金が5割近くあるのは、それが一因かもしれません。
下図の上段は、金融資産の総額の分布を示しています。上の縦棒グラフの各区分がどれだけ重みを持っているのかを示しています。下段は、世帯数の分布を示しています。
アメリカの場合、純資産上位10%世帯は、世帯数では10%しかないにもかかわらず、金融資産の総額(=重み)では72%も占めるため、世帯数のわりに世帯全体の数字に大きな影響を与えます。
日本の場合、純資産上位10~50%の世帯*3が金融資産の総額(=重み)の過半数である52%を占めるため、この層が世帯全体の数字に大きな影響を与えます。
おわりに
「貯蓄から投資へ」を掲げる文脈で、日本は投資に積極的なアメリカを見習うべきだという論調があります。しかし、データを細かく見ていくと、アメリカのデータには激しい貧富の差が投影されています。そもそもアメリカを見習うべきかを問い直す必要があると思います。
また、日銀は日本版DFAを作ったほうがいいと思います。
余談
「資金循環統計」と「全国家計構造調査」は数字の作り方が違うため、数字が一致しません。「資金循環統計」は金融機関から提供されたデータから作っているようです。「全国家計構造調査」は7万世帯の標本調査です。「全国家計構造調査」は「資金循環統計」よりも預金が大きめに、保険が小さめに出ます。
「全国家計構造調査」では、以下のように用語を使い分けています。
純資産総額=金融資産ー金融負債+住宅・土地資産
おすすめ記事
こちらのボタンをポチッと押すと、たくさんの投資ブログが見られます。