金融所得課税の強化は格差を助長する恐れがあった
岸田文雄氏が首相に就任してほどなく金融所得課税の強化を「選択肢の一つ」と発言しました(10月4日)。これに呼応するようにTOPIXは連日値を下げ、「岸田ショック」と一部で言われました。早速来年には課税を強化するのでは、といううわさまで流れました。岸田首相は一週間後(10月10日)には「当面触ることは考えていない」と釈明しました。
金融所得課税の強化の主眼は高所得者への増税でしたが、やり方によっては低所得者に対しても増税につながるおそれがありました。
現在の税制
所得税は累進課税を採用しているため、所得が多いほど税率が上がるはずです。しかし、所得が一億円を超えると実質的な税率がどんどん下がっていく現象(一億円の壁)がみられます。これは金融所得にかかる税率が一律20%(所得税15%、住民税5%)であるためと説明されています。「金融所得課税」は株などの売買益(譲渡所得)、株の配当所得、預貯金等の利子所得を指すものと思います。(復興特別所得税がかかるので、正確には20%ではなく20.315%です。しかし、ややこしいので省略します。以下同)高所得者は株などの売買益が多いため、実質的な税率が下がるというわけです。
図の注 国税庁「申告所得税標本調査結果 令和元年分」第一表より計算
計算式=(源泉徴収税額+申告納税額)÷課税所得金額
所得別の税率は下表の通りです。
例えば、所得金額が300万円なら、所得税は300*10%-9.75=20.25(万円)となります。300*10%=30(万円)ではありません。
所得金額の195万円までは5%、それを超える部分(300-195=105万円)は10%を適用するというのが本来の課税の考え方です。しかし、195万円でいちいち区分して計算するとめんどうなので、所得300万円の場合の一番高い税率(以下、限界税率)10%から控除額を引く、という計算をしています。控除額は税率の変わり目を調整する役割を果たしています。
所得金額が300万円の場合、実質的な税率は6.75%(=20.25/300)です。これに加えて住民税の所得割(一律10%)が乗っかってきます。
したがって、所得金額195万円までは実質的な税率は15%(所得税5%、住民税10%)です。所得金額が増えると実質的な税率はじわじわ上がり、所得金額が427.5万円のとき、実質的な税率がちょうど20%(所得税10%、住民税10%)になります。
所得金額は収入から経費を引いた値です。給与所得であれば、収入(税込み年収)から経費(給与所得控除)、社会保険料(年金保険、健康保険、雇用保険)などを引いた値です。
所得には何種類かありますが、それらを合算した額に対して、上記の方法で計算するのを総合課税と言います。総合課税が所得税の基本的な計算方法になります。しかし、株式の譲渡所得(売買益)などは、申告分離課税といって、他の所得とは合算せず、所得額に対して一律20%(所得税15%、住民税5%)の税率が適用されます。
したがって、所得金額が427.5万円未満の人にとっては、株式の譲渡所得の税率は割高と言えます。特に所得金額195万円未満の人(実質的な税率15%)にとっては、株式の譲渡所得の税率(20%)は5ポイント割高です。
金融所得課税の強化の影響
金融所得課税の強化の方法としては二つあります。
(1)所得金額に関係なく一律20%という現行の税率を25%なり30%に上げる
(2)他の所得と同様累進課税にする
(1)は株式を取引している所得の低い人への影響が大きい方法です。譲渡所得の税率を25%に上げると、総合課税よりも申告分離課税の税率が割高になる対象者が、課税所得が795万円未満の人にまで広がることになります。
(2)の場合、所得金額427.5万円を境に、より高い所得の人にとっては増税、より低い所得の人にとっては減税になります。高所得者から低所得者への分配という本来のもくろみにより近い。しかし、一億円以上というターゲットに対して、増税の対象者(所得金額427.5万円~)が多すぎます。また、特定口座で源泉徴収はされなくなるでしょう。
おわりに
現行の金融所得課税は、所得金額427.5万円未満の人にとって割高な税率となっています。
金融所得課税の強化は優先度の低い事項ということでいったん着地したものの、撤回したわけではないことから、忘れたころにまた再浮上すると思います。
金融所得課税を強化するなら、税率を単純に上げるよりは総合課税にしたほうがマシだと思います。また、対象者を金融所得一億円以上と限定する必要があります。
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